
決算アシストいしかわのWebサイトをご覧いただきありがとうございます。
代表税理士の野村重之と申します。
ここ数年、小規模な法人、具体的には資本金が1,000万円未満の法人が増加しています。
平成18年5月の会社法施行により、最低資本金額が撤廃されたことの影響等もあるのでしょうが、国税庁の発表では、平成21年度における法人申告実績に基づく統計データによると、資本金500万円未満の法人が全体の約43%を占めています。
特に近年では、非製造業の起業が多く、少ない元手で事業を始めるケースが増えています。
このような小資本でスタートした企業であっても、日々の帳簿作成や、決算・法人税申告といった業務は避けては通れません。
しかしながら、設立間もない企業にとってこれらの業務に人と時間を投入することは難しいのではないでしょうか。
多くの企業では、このような業務を税理士に委託していますが、通常、税理士に依頼すると毎月の顧問料の支払いが必要になってきます。
事業が軌道に乗り、定期的に経営状況を把握したり、不明点や悩みを相談する必要があるのであれば、税理士との顧問契約が必要になるかもしれませんが、設立間もない企業の場合は、さほど税理士の必要性を感じないこともあるでしょう。
また、資金面からも毎月の顧問料の支払いが負担に感じることもあるでしょう。
決算アシストいしかわでは、このような設立間もない企業や、決算・法人税申告業務をとにかく安く済ませたいという企業を支援するために、必要最小限の決算・法人税申告代行サービスを行っています。
決算・法人税申告時のみのサービス提供となりますが、その分、格安料金にて税理士が対応いたします。
お問い合わせ、初回のご相談(1時間程度)は無料です。落ち着いて、リラックスしてお話が出来るような事務所作りを心がけていますので、お気軽にお問い合わせください。
中小企業経営者にとって、税理士は「経営面での主治医のような存在」であるべきだと思います。
そのためには、まず税理士である野村のことをご紹介したいと思います。かなり長いですが、よろしければご一読ください。
私の実家は、私の祖父の代から自営業をしています。従業員を雇っていた時代もあったようですが、現在は両親が2人で続けています。
私の父が18歳の時に、祖父が亡くなり、電気関係の仕事を希望していた父は、借金返済のためにやむなく家業を継いだそうです。お茶の先生をしていた祖父の派手な生活が作った借金が相当残っていたのです。
そんな中、昭和46年に待望の後継者候補である私が石川県金沢市で生まれ、金沢市で育ちました。
幼稚園時代は、なかなか活発なチビッコだったようで、いつも黄色い自転車で町内中を走り回っていたとかいないとか。本人は、あまり覚えていないのですが・・・
小学校でも活発さは変わらず、担任の先生や両親に怒られ回数は数えきれません。というか、覚えていません。
活発とはいっても、不良少年ではなく、中学時代はハンドボール部に所属。
中学3年生になり、ようやく勉強を真剣にするようになり、その成果が2学期後半から現れ始め、無事石川県立金沢桜丘高等学校へ進学。
高校時代は、ハンドボール部がなかったため、何を思ったか弓道部に入部。ところが、1年生の終わりに道具一式を買わなければならなくなったことを機に、退部。そんなに好きじゃなかったみたいです、弓道。
高校3年生の大学受験時に、今思えば最初の人生の分岐点が訪れます。
本来ならば、家業を継ぐ前提で進路を考えるのでしょうが、「家業は自分の代で終わらせる。お前は肉体労働ではなく、頭を使って稼げ。」という父の言葉を受けて育ってきたため、大学進学を目指します。
当時は、理科系コースにおり、工学部を目指して勉強していました。将来やりたいことがあるわけでもなく、「これからは、コンピューターの時代だから、工学部だ」といういい加減な理由です。夢のない18歳でした。
父の「頭を使って稼げ」という言葉の意味を全く理解しないまま、東京の大学を希望していたのですが、家庭の事情で県外の大学は断念せざるを得ず、志望校を金沢大学に決め、勉強をしていました。
ところが、そろそろセンター試験の申込みが始まるという頃、叔父(中小企業経営者)から、金沢工業大学を強く勧められ、断りきれずになんとなく推薦入試を受け、合格。結局、センター試験すら受けることなく大学受験はあっけなく終了したのです。
夢も希望もなく金沢工業大学の情報工学科に入ったものの、やりたいことが見つからず、勉強にも熱が入らない4年間を過ごした結果、成績は当然振るわず、成績順に決まる就職先(理科系では教授推薦で就職先が決まる)にも魅力を感じないような状態でしたが、何とか地元の中堅機械メーカーに採用されました。
同期入社は12名ほどで、入社後12月までは、生産ラインでの現場研修です。毎日、ボルトとナットを締めて、鉄骨を組み上げていました。そんな生活が4か月ほど続いた頃、総務から呼び出しを受けます。
総務課長:「実は、お前の配属先がない」
野村:「はぁ」
総務課長:「ただ、電気課か経理課なら配属してやる」
みたいなやり取りがあり、どうしたものかと悩みました。
大卒の同期は、機械科や電気科を卒業しており、すんなり配属先が決まったのですが、当時の会社では情報部署は人手が十分にあり、情報工学科卒業の私の処遇に困っていたようです。
この時、金沢工業大学へ進学したことを激しく後悔しました。高校の同級生は、金沢大学などの国立大学へ進学し、上場企業へ就職するのが当たり前でしたから・・・
一晩悩んだ結果、「電気課は30人くらい人がいるが、経理課は5人しかいない。どちらもゼロから勉強しなければならない。であれば、ライバルの少ない経理課にしようか。」という情けない理由で、経理課に配属してもらいました。
経理課の男性が退職したことによる補充人員の形で、8月の盆明けから経理課に配属されたのですが、なにしろ、経理のことなど全く分かりません。ついでに言うと、簿記という言葉すら知りません。小遣帳すらロクにつけられない大卒が経理の仕事をするわけですから、慣れるまでは大変でした。残業のない部署だったこともあり、仕事が終わると毎日のようにスポーツクラブへ通い、体を鍛えることとその後のビールを飲むのが何よりの楽しみという、使えないサラリーマンでした。
2年目になり、少し仕事のことが分かり始めた頃、簿記検定の勉強を始め、3年目には日商簿記2級までを独学で取得。この頃から仕事が楽しくなりはじめました。そして、日商簿記1級の勉強をしていた4年目の夏に、会社に税務調査が入り、初めて顧問税理士事務所(正確には、公認会計士事務所)の方と面会。恥ずかしながら、25歳にして初めて税理士、公認会計士という国家資格があることを知りました。
調査時には、公認会計士事務所から、公認会計士2人、税理士1人、会計士補(当時の会計士試験の2次試験合格者で公認会計士の卵)1人が調査に立ち会い、何だかかっこよかったのが最初の印象です。
このときの会計士補の方(今は公認会計士としてご活躍のN先生。先日、念願の再会を果たしましたが、N先生は私の事を全く覚えていないようでした・・・)が、同年代の方で、ものすごく身なりが良かったんです。ラルフローレンのスーツにロレックスの腕時計。しかも、昨日のロレックスと今日のロレックスは違うじゃないか!いったいこの人は何者だ!!というのが興味を持ったきっかけでした。
税務調査が終わって何日かたったある日の帰り道、本屋に寄り、税理士と公認会計士の本を立ち読みし、いろいろ調べました。
税務調査を機に、サラリーマンに違和感を感じ始めたんです。親が自営業という環境的な影響もあったかもしれません。経理課にいたので、将来の自分の年収もある程度予想できます。人生で初めて真剣に自分の将来を考えたのです。
考えた結果、「税理士か公認会計士になろう!」というのが出した答えです。父に言われた「頭を使って稼ぐ」のにピッタリだと当時は思いました。
「税理士より公認会計士の方が響きがかっこいいな」とか、「公認会計士だと税理士登録もできるしなぁ」など公認会計士に魅力を感じつつも、「でも、公認会計士の仕事って金沢じゃ少なそうだな」という今にして思えば正しい判断で税理士を目指そうと決めたのです。(実をいうと、公認会計士試験よりも税理士試験の方が簡単だと錯覚していたのが本音です。)
そうして、家族や友人の大反対の声(無謀だ、いい年して何を考えている、など)を押し切って、26歳の時に4年間お世話になった会社を退職し、税理士試験に挑戦することにしました。
30歳までの合格を目標に掲げ、受験勉強に専念することを決意し、大手予備校のカセット通信教育での勉強を開始。アルバイトをしながら時にはダラダラ、時には真剣に、受験生生活を過ごします。
5回目の受験に当たる平成14年8月の税理士試験で無事5科目(簿記論、財務諸表論、法人税法、相続税法、消費税法)に合格しました。受験時は30歳でしたが、合格発表時は31歳。当初の目標は、一応達成できたのでしょうか。
受験後直ちに、就職活動を開始し、1か月ほど活動した結果、金沢市内の税理士事務所(税理士法人)に就職することができました。
入所して3か月後の平成14年12月の合格発表でいきなり税理士試験に合格してしまった新入り・未経験者にとって、この職場での経験は辛く、大変な毎日でした。税理士受験で12キロ減った体重が就職後の2年間でさらに3キロ減ったこともあります(50キロを切ったときはさすがにヤバいと思いました・・・)。結局、この税理士法人には7年3か月お世話になりましたが、その間、年商数百万円の会社から年商100億円超の会社まで、累計で3,000社以上の決算・法人税申告に携わったほか、税務調査の立会いは100件以上経験するなど、非常に多くの貴重な実務経験を積むことができました。
そのころからの思いを実現するために独立しました。その思いが、冒頭で述べた「経営面での主治医のような存在」たる税理士になることです。多くの中小企業経営者にとって、税理士は最も身近な相談相手であるべきだと思います。ちょっとしたアドバイスが大きな結果に結びつくことは珍しくありません。
こんな代表者ですが、気が合いそうだと思われた経営者様。まずは、決算アシストいしかわで税理士サービスをお試しいただき、必要に応じて、顧問契約による定期的な税理士サービスをご活用いただけると幸いです。